朝顔形円筒埴輪 形象埴輪 動物埴輪 人物埴輪

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日本の美 埴輪


私達日本人の祖先が遺された偉大な芸術品、それは埴輪である。

その表現は素朴で民族的精神の力強い生命感、たくましい造形力は蓋し世界に誇り得る民族芸術である。

三世紀から七世紀頃までの古墳時代に、貴族や豪族など支配階級の墳墓に送葬、祭祀、威儀の具として墳丘の上に立てられたもので、その種類は多種多様である。

埴輪の出土範囲は九州から東北は岩手県に及び、その内関東地方の群馬県、埼玉県、栃木県、茨城県、千葉県の出土が極めて多い。

その埴輪も多くは国宝、重要文化財であり、特定施設を除いては所有することも鑑賞することも困難である。

日本人の血を受け継いだ私は幸いなるかな、古墳群の真っ只中に生まれ、墳丘の土の香をかぎ、色を見つめ、民族の息吹を全身に感じながら埴輪の製作に無上の喜びと気概をもって当たっています。


「朝顔形円筒埴輪」

吉備地方で生まれた特殊器台は、飾った壷を乗せるものだった。

特殊器台が円筒埴輪に転化する間、大和地方においてその壷は供献の姿で抽象化され、新しく朝顔形埴輪を生んだ。

奈良県布留遺跡の朝顔形埴輪には、巴形、三角形と長方形の透かし孔があり、さらに半円形の透かしが付け加えられた。

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「形象埴輪」

死者を葬送するための儀礼に使用された品々は、副葬品として墳丘内奥深く納められた。

葬送儀礼は死者を土で覆った後、墳丘上でも執り行われる。

墳丘内に納められる副葬品は粘土で模倣製作され、この儀礼において一定の役割を演ずる。

さまざまの器物を埴輪とした形象埴輪はここに起源する。

形象埴輪の種類

(盾) (家) (枕) (蓋) (太刀) (舟) など

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「動物埴輪」

動物埴輪の出現には、ニ度の画期があった。

四世紀にまず水鳥、鶏、魚などのような小動物の埴輪が登場する。

水鳥は悪霊を防ぎ、死者の魂を昇華する聖鳥であるという思想は、弥生時代から芽生えていた。

五世紀末から六世紀にかけて、墳丘上にあらわれる動物埴輪は、前代と異なって大型になる。

犬、猪、鹿、馬など実際の動物の体格を忠実に模している。

動物埴輪の種類

(水鳥) (鶏) (魚) (犬) (鹿) (猪) (馬) (鴨) (鷹) など

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「人物埴輪」

人物埴輪のほとんどは成人である。

子を負う母の場合も母が主役である。

埴輪の顔だけでは男女の区別はつかないが、髪形、帽子、衣服によって性別が分かる。

男性の髪は中央から左右にふりわけるのが普通だが、頭に何もつけていない埴輪は非常に少ない。

かぶりものは、冠帽、山高帽、冑、三角帽、陣笠などバラエティーに富んでおり、帽子をかぶった埴輪はすべて男性である。

これらの埴輪を作るとき、頭部は粘土紐巻き上げによって、頭頂でとざすが、鼻、耳、下顎などは、粘土を貼り付ける手法で表現している。

女性を示す島田髷や男性専用の帽子は、頭頂部の最終的な仕上げ部分で、蓋の役目もはたしている。

女性の埴輪は最初、横顔美人(横から見たほうが良い)だったが後に前顔美人変化して行く。

これは埴輪造りの技法が単純化したせいで、粘土板で顎を張り出させる定型化が進み、人物埴輪は正面像が重視されるようになったからである。

人物埴輪は、体部にはハケ目の痕跡を残していることが多いが、顔にはそれが見られない。

現代の女性が化粧するとき、まず素肌をパックするように、埴輪の顔のハケ目は、ていねいに指などで消された。

埴輪の顔は、まず表面から目を杏仁様にくりぬく。

空にあけられた眼孔は、光の加減、見る角度によって、表情をたたえたように見えるから不思議だ。

人物埴輪の主な種類
(巫女)(武人) (農夫)(琴を弾く男)(鷹匠) (盾持ち人)(太鼓を打つ男)(踊る埴輪)(子を負う母)
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